1980年に、オリンパスから非常に魅力的なコンパクトカメラが発売されました。4群4枚の高性能35mmF3.5レンズを搭載し、個性的なスライド式レンズバリアによりそのままジーンズのポケットに入れて歩くことのできる、当時としては画期的な小型軽量カメラでした。その前年に発売されたXAも、絞り優先AE、内蔵距離計による手動焦点合わせ機能、シャッター速度のファインダー内表示など、驚く程の高性能を詰めこんだ、コンパクトカメラ史上に残る傑作でした。 XA2は、このXAを、より小型軽量に改良した万人向けのカメラとして発売されました。XAが「良くできた姉」なら、XA2は「人なつっこい妹」のようなイメージでした。
1980年頃の自分は、就職して少しずつ羽振りが良くなっていく友人達を横目で見ながら、将来の定まらない不安定な生活を送っていました。街にはYMOとサザンが流れ、バイト帰りに疲れて立ち寄った電気屋さんで、アイワのカセットボーイの音質に聞き惚れていました。余裕ができたらカセットボーイを購入するための貯金をしたいな、などと考えているような、あまり豊かではない日々でした。
あるとき、カメラ屋さんの店先で、発売されたばかりのXA2にばったりと出会いました。まず、手の中にすっぽり入る凝縮されたサイズに驚きました。加えて,それまでのカメラにはない、なんとも魅惑的なボディラインに頭がクラクラしました。その時は本当に欲しいと感じました。その後、このカメラは大ヒットし、その後たびたび店頭で見かけることになりました。そのたびに、買いたい、買いたい、という欲望に悩まされました。しかし、諸般の事情から、結局は買えずじまいに終わりました。この時に欲望を抑圧したことが、その後のコンパクトカメラ好きの遠因になっているのかもしれません。
このカメラの大きさは102mm x 65mm x 40 mmです。ですから、現在の基準からすれば、それほどコンパクトというわけではありません。しかし、今手に撮ってみても、なぜかとても小さく感じます。おそらく、曲線をうまく使ったデザインのせいでしょう。さらに、うれしいことに、ストロボは着脱式です。そのため、本体のみを持ち歩くなら、たったの200gしかありません。
距離合わせは0.9-1.8m、1.2m-∞、6.3m-∞のマニュアルによるゾーンフォーカス式です。そのため、自動焦点カメラのようにどこに焦点が合っているかについて悩むことはありません。また、撮影は自動露出プログラム式です。そのため、距離を合わせたらシャッターを押すだけで、誰でも失敗のない写真を撮ることができます。
最近、このカメラのことが妙に気になり始めました。理由はよくわかりません。もしかしたら、買いたくて買えなかったかったXA2が破格値で売られているのを見ているうちに、うれしさと腹立たしさが入り交じった複雑な感情がわいてきたのかもしれません。あるいは、波風の立たない中高年の生活の中で、欲求不満のかたまりだった当時の自分を懐かしく感じ始めたのでしょうか。
最初はちょっと気になっただけなのに、いつの間にかXA2をどうしても手に入れたいという気持ちが次第に押さえきれなくなってきました。まさに、「夢をもう一度」です。どこかにXA2の未使用品があれば、速攻で買ってしまいたい気分です。しかし、2010年に中古屋さんで出会ったXA2は外見も中身もひどく劣化したものばかりで、曇りきったファインダーと傷だらけの本体に、何度もがっかりしてしまいました。
しかし、1980年代の自分を思い出すにつれて、あの頃押さえ込んだはずの欲望が、どうしても押さえられなくなってきました。そこで、意を決して、XA2の中古品を購入し、新品同様に再生することにチャレンジしました。
重量 | 200g |
大きさ | 102mmx65mmx40mm |
レンズ |
オリンパスズイコーレンズ35mm 1:3.5 4群4枚 |
絞り | 自動制御 シャッター兼用2枚羽根方式 F3.5-F14 |
ピント方式 |
マニュアルフォーカス 3点ゾーンフォーカス |
露出制御 |
制御範囲:EV2.6(F3.5 2秒)〜EV17(F14.1 1/750秒) |
シャッター |
形式:プログラムAE式電子 |
ファインダー |
アルバダ式ブライトフレーム |
ストロボ | 着脱方式 |
電池 | LR44 2個 |
フィルム送り | 手動巻き上げ |
メーカー | オリンパス |
発売日 | 1980年6月 |
発売価格 | 27,800円 |
このカメラは、かなりの台数が売れたようです。実際、このカメラを持っている人を当時沢山見かけました。そのためか、中古カメラ屋さんで、このカメラの姿をとてもよく見かけます。今回は、発売当時の状態を再現することが目的です。したがって、何回もお見合いをして、出来るだけ状態の良いものを選ぶことにします。
ここで大切なことは、カメラの内部機構に問題が発生していないことです。具体的には、レンズにカビや汚れがないことと、シャッター、ピントレバー、レンズカバー、フィルムカウンターなどの可動部が正常であること、及び、露出計、絞り、シャッター等の露出制御機構が正常であることが最低限の購入条件です。
そこで、まず、レンズにカビや汚れがないかを、本体前面から穴が開くほど眺めてチェックします。また、本体カバーを開けて、レンズ裏面からも入念にチェックします。次に、シャッターボタンがスムーズに作動すること、ピントレバーにより前玉のレンズがスムーズに回転移動すること、レンズカバーを開くとシャッターロックが毎回きちんと解除されることも確認します。さらに、フィルムカウンターも、空の撮影と巻き取りを繰り返して、カウンターが進んでいくことや、裏蓋を開けるとカウンターがリセットされることも確認します。
さらに、裏ぶたを開けて、カメラを明るい方向に向けてシャッターを押し、絞りがF16程度まで絞り込まれ、かつ、シャッタースピードが最速(1/750s)になることを確認します。この時、明るいところを見ると目に障害が残る可能性がありますので、目とカメラを出来る限り離して確認するようにします。
次に、カメラを暗い方向に向けて、絞りが開き、シャッタースピードが遅くなることを確認します。最後に、カメラを暗黒に向けて、絞りが開放されて、シャッタースピードが2秒間開くことまでしっかりチェックします。
内部機構が正常なら、今度は外見をくまなくチェックします。本体前面と上部のプラスチックの汚れは、プラスチッククリーナーによりかなりの程度まで回復することが出来ます。また、裏蓋のさびや汚れも掃除することができるでしょう。しかし、大きな傷は修復が難しいのでパスします。ただし、30年という月日を考えるとモルト劣化は避けがたいでしょう。これについては、自分で張り替えることにします。
幸い、2ヶ月くらいで、状態の良いものを2台見つけることができました。どちらも、内部機構はほぼ新品に近い状態でした。しかし、その一方で、ファインダーの汚れやモルトの劣化はひどいものでした。加えて、2台とも、ストラップ固定金具が無くなっていました。
(アルバタ式ブライトフレームファインダーの原理)
このカメラには、アルバタ式のブライトフレーム・ファインダーが使われています。ここで、アルバタ式のブライトフレーム・ファインダーの原理を簡単に説明します。ファインダーの中に、ブライトフレーム(写真に写る範囲を示す明るい枠)を映す方法としては、採光式とアルバタ式があります。
採光式とは、ファインダーのすぐ横に採光窓をもうけて、そこから入ってくる光を使って枠を作り、ハーフミラーなどでファインダーの映像と合成する方法です。
一方、XA2で採用されているアルバタ式を下の写真に示します。ここでは3枚のレンズが用いられています。まず、接眼レンズの内側に銀色の小さくな枠を貼り付けておきます。下の写真の黄色い矢印で示したように、対物レンズから入ってきた光は、接眼レンズの枠に反射し、さらにそれを真ん中のレンズ周辺部のワンウェイミラーに反射します。これにより、視野内にブライトフレームが浮かび上がります。撮影者は、対物レンズから入ってくる被写体の映像と、真ん中のレンズのワンウェイミラーに映ったフレームの虚像を同時に見ることになります。この方法は仕組みが簡単なので、ブライトフレームを低コストで実現できます。しかし、見る方向や明るさによって、フレームが移動したり消えたりするという欠点があります。
アルバタ式ブライトフレームの構造
(金属蒸着の劣化を再生する)
XA2のファインダーは、画像が大きめで、とても見やすいものです。また、浮かんで見えるフレームもかなりくっきりとしています。しかし、これまでにお見合いした個体はどれもアルバタ式の典型的な問題が発生しているものばかりでした。それは、対物レンズ内側の金属蒸着の経年劣化により、ワンウェイミラーの部分が曇ってくるという現象です。おそらく、鏡としての機能は保たれたとしても、対物レンズ側から接眼レンズ側に画像を通過させる機能は低下しやすいのでしょう。そために、ブライトフレームはせっかくハッキリと見えているのに、周辺部がどんよりと曇るという現象が起こってしまうのだと思います。
ファインダー内のゴミやカビなら、分解掃除により新品の状態に戻すことが出来ます。しかし、金属蒸着のワンウェイミラーの機能を再生することは、大がかりな装置が必要となり、現実的ではありません。しかし、曇ったファインダーをのぞくとそれだけで興ざめしてしい、「夢をもう一度」どころではありません。そこで、アルバタ式ブライトフレームの周辺部の曇りを元に戻す方法について、あれこれと考えました。
まず、金属蒸着の劣化を修理する方法について、カメラ修理のサイトなどで調べてみました。その結果、やはり、金属蒸着自体を自宅で回復することはかなり難しいことが分かりました。
幸い、レンジファインダーの距離計のワンウェイミラーを直す方法として、距離計のワンウェイミラーの部分に、自動車の窓ガラスに貼るためのミラーシートを貼り付ける、という方法が提案されていました。なんとすばらしいアイデアでしょう。しかし、自動車用のミラーシートは目隠しが目的です。そのため、透過率が十数パーセント程度と低く設定されていることが多いようです。したがって、この方法をアルバタ式ファインダーの再生に適用した場合、ファインダー自体がかなり暗くなる可能性があります。また、車用のミラーシートは鏡としての機能が不十分です。ですから、フレームを綺麗に浮かび上がらせることは難しいかもしれません。
そこで、透過率の高いミラーシートがないかと探し回りました。その結果、窓ガラス用等、いろいろな透過率のミラーシートを作っている企業があることがわかりました。しかし、どれもファインダーの対物レンズにぴたりと貼り付けることができるかどうかが不安です。また、ビルの窓ガラスに貼るミラーシートを数cmだけ売ってもらうのも難しそうです。どこかに、透過率が高く、鏡面がきれいで、レンズ面にぴたりと接着することができ、かつ少量を安価で販売してくれるミラーシートはないのでしょうか。
仕事帰りに探し回ったあげく、あるとき、携帯の販売店でそれを見つけました。それは、iPhoneの液晶画面に貼るミラーシートです。うれしいことに、本体の電源が入っているときには液晶画面が綺麗に見えるように、透過率は80パーセント以上に設定されています。これなら、これを貼ってもファインダーの画像が暗くなりすぎることはないでしょう。
また、元来、このシートは、本体の電源を切った時に身だしなみを整えるのための商品です。ですから、鏡面の美しさも期待できます。さらに、液晶のような平面ならぴったりと接着できる、という触れ込みです。残念ながら、ファインダーレンズは平面ではありません。しかし、上手に貼れば、ファインダーの対物レンズの内側になんとか接着できるかもしれません。加えて、10cm以下のサイズで売られているので、価格も980円程度と安価です。
iPhone用のミラーシート。透過率が高く、鏡面がクリア。
そこで、iPhone用のミラーシート(「ミラープロテクションiPhone3G用」、ラディウス、RK-MS611L)を購入してチャレンジしてみることにしました。これに加えて、カメラ用のレンズクリーナー、及び、劣化した金属蒸着を取り除くためのガラスクリーナー(「鏡・陶器クリーナー」、株式会社友和)も用意しました。いよいろ、アルバタ式ファインダーの再生を試みます。
(ファインダーの分解)
まず、XA2の上部を分解します。XA2は分解が簡単なことで有名です。ただし、初心者がカメラの分解にいきなりチャレンジすると、ほとんどの場合、もとに戻せなくなります。まずは、XA2のジャンクを買ってきて、分解と組み立ての練習からはじめましょう。
分解の練習で自信がついたら,いよいよ本番です。以下に分解の方法を示します。まず、本体底面にある4つのネジの中で、電池室側にある3個をはずします(取り付け位置でねじの長さが違うので注意します)。これにより、底部を少し浮かせることができるようになります。底部が浮くと、前面のスライドカバーの下部が底部のレールから外れます。次に、レンズカバーを壊さないように僅かに変形させると、レンズカバーが本体からパカリと外れます。このとき、レンズカバーをスムーズに動かすための小さな円柱状の部品が転がり出てきます。これは本体上部のレンズカバーの下のくぼみに乗せられていた部品です。これは机から転がり落ちやすいので、無くさないように注意します。
底部のネジを外すと底部が本体から少し浮く。
スライドカバーを外した様子。矢印は円柱状の部品。
カバーが外れたら、本体上部にあるネジ、フィルム巻き取りレバーのネジ、及び、フィルム巻き取りレバーの下にあるネジをはずします。その後、本体上部をゆっくりと上に向かって外していきます。このとき、カメラ本体とカメラ上部をつなぐコードを切らないように気をつけます。カメラ上部が外れたら、カメラ上部をセロテープで本体に仮固定して、コードが断線しないようにします。
軍艦部をはずすには、フィルム巻き取り
部分とファインダー横のネジを外す。
軍艦部を外したらテープで固定する。
ファインダー部分には、遮光のための紙が接着剤で貼り付けられています。これを丁寧に剥がすと、アルバタ式ブライトフレームを構成している3つのレンズに到達します。ファインダーを構成しているレンズは3枚です。
ここから先は、細工用のペン型のカッターを使います。作業中に、カッターの刃やプラスチックの破片が顔や手に飛んでくることが予想されます。ですから、手袋とめがねを着けて、手や目を防御します。
(金属蒸着を部分的に除去する)
金属蒸着がほどこされているのは、真ん中のレンズ(16mm x 9.7mm)です。まずは、これを外します。幸い、このレンズは接着剤で固定されているだけです。そこで、左右2カ所の接着剤(下の写真の矢印の部分)を、カッターで根気よく丁寧に削っていきます。力を入れるとレンズが割れるので要注意です。時間をかけて劣化した接着剤を削ると、レンズが外れます。
矢印部分の茶色く劣化した接着剤を根気よく削る。
取り出した、2枚目のレンズ。口型に金属蒸着されている。
真ん中のレンズが外れたら、劣化した金属蒸着の部分的な除去にチャレンジします。金属蒸着は、レンズの周辺部に口型(内径10.7mm x 7.6mm)に施されています。これを半分程度除去すれば、ワンウェイミラーの機能が回復するかもしれません。そこで、鏡・陶器クリーナーを使って、金属蒸着を半分程度まで洗い落とすことを試みます。
そもそも、レンズはとても割れやすいものです。そのため、まず、クリーナーを少量つけて、指の腹で丁寧にこすってみます。2,3分くらい気長にこすると、次第に銀色の鏡面が洗い落とされてきます。下の写真のように、金属蒸着が半分くらいまで除去されて、全体が薄い銀色になったら、レンズをファインダーに戻して、見えの様子を確認します。この段階で、ファインダー周辺部の曇りがすっきりと消え、かつ、ブライトフレームが弱いながらもクリアに見えているなら、この段階で作業は終了し、後はすべてを元通りに組み立てます。これで、アルバタ式ブライトフレームファインダーの再生が完了です。自分の場合、2台のうちの1台を,この方法で再生しました。
金属蒸着を均一に半分程度まで除去した様子。
(金属蒸着を完全に除去する)
上述の金属蒸着の除去において、万が一,金属蒸着が均一に除去できなかったり、戻して確認したファインダーの画像が見にくかったり、あるいは、金属蒸着を除去しすぎた場合には、意を決して、金属蒸着を全て取り除いてしまうと良いでしょう。すなわち、さらにクリーナーをつけて、磨き続けるのです。鏡面が完全に綺麗にならない場合は、綿棒などで軽く力を入れてこすります。また、クリーナーを一旦洗い流して、再びクリーナーをつけて繰り返してもよいかもしれません。とにかく少しずつ丁寧に除去作業を進めます。レンズが完全にクリアになったら、全てを綺麗に洗い落とします。
金属蒸着が完全に無くなったピカピカの透明なレンズを元に戻し、あとは前後の対物レンズと接眼レンズを掃除するだけで、すべての作業を終わりにして、全てを元通りに組み立てることもできます。この場合は、残念ながら、ブライトフレームが完全に消えてしまいます。しかし、ミラーもフレームも無くなるので、ファインダーの映像自体はとても明るく、使いやすいものになります。
(ミラーシートによりハーフミラーを再生する)
今回のXA2の再生は、30年前の発売時の状態を再現することにこだわることから始まりました。そこで、2台のうちのもう1台は、真ん中のレンズの金属蒸着を完全に除去し、綺麗になったレンズの接眼レンズ側(金属蒸着があった面)に、小さく切ったiPhone用のミラーシートを貼り付けることにします。
金属蒸着部分と同じ口型に切り出すのは難しいので、レンズ全体を覆うように、四角形に切り出すことにします。まず、ミラーシートをレンズの縦幅に合わせて切ります。次に、横幅を、このレンズがはさまる本体のレール部分の厚みを考慮して、レンズよりも僅かに小さめになるように、カットします。
次は貼り付けです。ここからが一番難しい作業です。ミラーシートには、接着面を保護する剥離フィルムと、ミラー面を保護するプロテクトフィルムが、あらかじめ貼られています。そこで、どちらがどのフィルム面かが分かるように、剥離フィルムに筆圧があまり要らないサインペンで数字の1を、ミラー保護フィルムに数字の2を描いておきます。
切り出したミラーシート。○の中に1や2と書いて、表裏を区別する。
いよいよ接着です。手順としては、まず、レンズをレンズクリーナーでとことんまで綺麗に掃除します。そして、ホコリがはいらないように、剥離フィルムを剥がしたミラーシートを、間髪を入れずにレンズの適切な場所にはりつけます。この時、ミラーシートが少しでもずれるてしまうと、うまくつかず、しかも、張り直すこともできなくなります。ですから、ずれてしまった場合には、ミラーシートの切り出しからやり直さなければなりません。また、金属蒸着があったレンズ面は、平面ではなく、歪曲しています。そのため、全ての面が同時に接着しないと、空気が入ってしまい、やはり張り付かなくなります。この場合も、最初からやり直しです。要するに、剥離フィルムを剥がしたミラーシートを、試行錯誤無しに、正確な場所に一度でピタリと着地させなければなりません。
自分の場合は、数回のやり直して、なんとか貼り付けることができました。うまく貼り付けたら、2という数字の書かれたミラー保護フィルムをそっと剥がします。このフィルムはとても薄いので、間違ってミラーシート本体を形成する幕まで剥がさないように注意します。フィルムを剥がした鏡面には、指紋などが着かないように注意しましょう。
貼り付けに成功したら、対物レンズと接眼レンズの間に、ミラーシートを貼り付けたレンズを戻します。この段階でファインダーをのぞいくと、ブライトフレームが綺麗に浮かんで見えます。ミラーシートの貼り付けが適切でない場合は、ブライトフレームが長方形ではなく、ゆがんだ四角形に見えます。その場合は、最初からやり直しです。
真四角の綺麗なブライトフレームが浮かぶことが確認できたら、対物レンズと接眼レンズを掃除し、出来たばかりのミラーレンズを定位置にはめて、ほんの僅かの接着剤で固定します。そして、ファインダーを覆っていた紙を、再び貼り付けます。この紙は経年劣化でかなり傷んでいることが多いようです。その場合は、もとの紙は捨てて、黒い紙を同じような形に切って貼り付けます。自分の場合は手元にあった黒いテープ(パーマセル)で代用しました。
あとは組み立て直しです。このとき、レンズカバーをスムーズに動かすための円柱状の小さな部品をくぼみにそっとはめてから組み立てることを忘れないようにしましょう。自分の場合は、この部品を無くしたので、針金を適当な長さに切ってやすりで磨いて代用にしました。
これで、2台のうちの残った1台に、新品同様のブライトフレームが再生されました。ファインダーをのぞくと、クリアな画像にあっと驚きます。明るく浮かび上がるフレームは、信じられないほど鮮やかです。iPhone用のミラーシートを貼るというアイデアは、自分でも信じられないくらい、うまくいきました。ただし、ミラーシートを貼り付けたことで、画像自体は僅かに暗くなります。また、ブライトフレームの明るさも少し弱くなります。しかし、これがかえって、ファインダーを見やすくしているようです。
(モルトの張り替え)
モルトが劣化している場合は、モルトの張り替えです。まず、劣化したモルトプレーンを、薬局で買った消毒用のアルコールと綿棒と爪楊枝を使って徹底的に除去します。次に、1mm厚の片面接着剤付きのモルトプレーンを、円形の刃がついたカッターと鉄の定規を使って適切な幅に切り出します。そして、それをアルコールにびしょびしょに浸して接着力を弱めてから、必要な場所に素早く貼り付けます。うまくはれたら、一晩乾かし、翌日に光線漏れが無いかを試写で確認します。
(エステ)
今回は、本体の外側もひどく汚れていました。そこで、まずアルコールで全体を清掃します。僅かな傷は、つや消しの黒の塗料を使って、丁寧に消して、傷が分からないようにお色直しです。
さらに、プラスチックの経年劣化を元に戻すためのクリーナーを探し回りました。この用途には、クリンボーイという商品が有名です。しかし、プラスチックの表面を修復するような、さらに強力なクリーナーを探しました。その結果、プラスチッククリーナーという商品にたどり着きました。これは、研磨剤と有機溶剤が入っているプラスチック専用の特殊なクリーナーです。プラスチックの表面を僅かに溶かして磨くのです。製品の性質上、光沢仕上げのプラスチック以外には使えません。XA2は光沢仕上げではないので、下手に使うとすべてが台無しになるかもしれません。しかし、劣化した表面を修復するには、危険を承知でチャレンジするしかありません。
そこで、プラスチッククリーナーを僅かに塗っては、歯ブラシで素早くこすり、すぐに拭き取る、という作業を繰り返しました。最初は、ほんの僅かのクリーナーで試しました。うまくいったら、少しずつ繰り返しました。これを10回くらい繰り返すことで、本体の肌が若い頃の状態に少しずつ戻ってきました。何回かの清掃後には、あの鈍く黒光りする小悪魔のようなXA2の肌が再生されたのです。まさに新品の輝きです。XA2にこれほどの高級感があったことをすっかり忘れていました。
あとは、ストラップをつける部品を探します。幸い、園芸で使うボールチェイン用のカップリングパーツ(NISSA CHAIN, P-1905)の一部を切り取ったものがぴったりでした。これを黒く塗ってもとの部品があったところに取り付けます。あとは、新品の黒いハンドストラップを取り付けて完成です。これで、30年前の新品が見事に蘇りました。
再生されたXA2の外見は、どこから見てもピカピカの新品です。また、2台とも、ファインダーが新品のようにクリアで、のぞいているだけでうれしくなります。さらに,試写の結果は、一眼レフ並のシャープさとコントラストを兼ね備えた、抜けのよい、素晴らしい描写力でした。
そこで、こいつを連れて、あの時代をもう一度体験してみようと思い、次の休日に、30年前の母校を訪ねることにしました。そうです。1980年代に憧れのXA2を持ち歩いて撮影したかった、懐かしの場所です。
どうせならということで、当時よく聞いていたYMOとサザンのカセットテープを引っ張りだします。残念ながら、当時愛用していたカセットボーイは見あたりません。そこで、全てをデジタル化してウォークマン(NW-A847)に入れます。ついでに、当時よく飲んでいたミネラルウォーターと、お気に入りのサングラスも持参します。なんだか、気分は「なんとなく、クリスタル」、あたかも久しぶりにデートに出かけるような、ウキウキした気分です。ポケットに入っているXA2のレンズバリアをそっと撫でると、30年前の若者に戻ったような気分です。いよいよ目的地に到着です。母校は、昔の姿のままで、暖かく迎えてくれました。
ところが、勇んでカメラを構えてみて驚きました。被写体と自分の関係が、当時とは全く違うのです。もっと正確に言えば、今の自分は、当時の自分とは全く異なる感性を持ってここに立っているのです。撮りたいものも、撮りたい瞬間も、撮り終えたときの興奮も、1980年代の自分とは全く別なのです。
ふと気づいてみると、自分の外見も、全くの別人です。XA2を持ってここに立っているのは、中古屋さんに並んでいるXA2よりもはるかに経年劣化した中年男です。30年という年月を考えれば当たり前です。たとえ知り合いに出会っても、あのときの自分であると分かる人はまずいないでしょう。過ぎ去った年月の長さをこれほど自覚したことは、これまでにありませんでした。
その時、何故か、涙が溢れてきました。自分の経年劣化が悲しかったからではありません。過ぎ去った年月があまりにいとおしかったからです。自分はなんと長い時間を生きて来たのでしょう。なんと色々な経験をして、なんと大きく変わることができたのでしょう。それを思うと、うれしいこともつらいことも、同じ程度のいとおしさを持って思い出されます。
結局、走馬燈のように次から次へと飛び出してくる記憶に心を動かされてしまい、ほとんど写真を撮ることができないまま、休日の誰もいない学生食堂の前で長い間立ちつくしていました。
考えてみると、人間は時間と空間の制約の中に生きていることを、長い間,忘れていたように思います。空間的な移動は意識しやすいので、1000kmも移動すると、ずいぶんと遠くに来たと感じるでしょう。ところが、時間の経過については日頃ほとんど意識していないように思います。
しかし、時間と空間は相対関係にあります。たとえば、徒歩なら、1時間が4kmに相当します。そこで、30年という時間の長さを実感しようと思い、電卓で距離に換算してみました。その結果、1日が96km、1年が35,040km、そして、30年はなんと1,051,200kmに相当することが分かりました。これは月よりも遠い距離です。自分はこんなにも遠い距離に相当する時間を生きてきたのです。
もう、過去に欲しかったものや、やりそびれたことなどは、どうでも良くなりました。長く生きてきたこと自体が幸せです。だから、今この瞬間を大切に生きよう思います。このXA2は、今を大切に生きるために使うことにします。
オリンパス XA2 作品ギャラリー1 2010.7.30
オリンパス XA2 作品ギャラリー2 2010.8.10