1998年にリコーから発売されたコンパクトカメラです。このカメラの特徴は、ミノルタTC-1と並ぶ高性能レンズの搭載と、26.5mmという薄型の外観にあります。レンズは、先行機種であるGR1のレンズをさらに改良したもので、撮影距離や明るさなどを変えても驚くほど安定した描写性能を示してくれます。おそらく、フィルム面側の凹レンズがバックフォーカスを極端に短くしているので、レンズの移動による周辺画像の変化が少ないのではないかと思われます。
1990年代後半に店頭でGR1sを初めて見たときは、設計思想そのものに魅了されました。このカメラには、ユーザが求める機能のほとんどが使いやすい形で備わっていたいたのです。
まず、フラッシュを止めるスイッチが裏蓋左上の目立つところに配置されています。フラッシュを使うかどうかは、ユーザが最もコントロールしたい要素です。それにもかかわらず、当時のコンパクトカメラのほとんどは、フラッシュの制御がやりにくいいものばかりでした。使いやすいコンパクトカメラを求めてカメラ売り場を彷徨っていた当時のユーザーは、このスイッチを見ただけで欲しいと思ってしまったに違いありません。
また、絞り制御のダイヤルも、軍艦部右の使いやすい場所に配置されていて、絞り優先の自動露出(F2.8 - F22まで)と、プログラムによる自動露出(P)を簡単に選ぶことができます。普段はプログラムによる自動露出にまかせておいて、ここぞというときには、露出値や被写界深度を考えながら絞り優先自動露出を使うことができるのです。
同じく、露出補正ボタンも軍艦部左の目立つ場所に配置されています。そのため、このカメラを使っていると、無精な自分でも露出補正がデフォルトになってしまいます。
驚いたことに、自動露出では、薄暗いところでも絞りがF4にセットされるようにプログラムされています。コンパクトカメラのほとんどでは、薄暗い所では絞りを開放値にセットしてシャッタースピードを稼ぐようにプログラムされています。おそらく、手ぶれによる失敗を減らすことよりも、F4付近の優れた描写力を味わってもらうことを優先したのでしょう。
さらに、絞り羽は7枚の贅沢なもので、ボケも大変きれいです。これにより、プログラムモードだけでも見事な結果を得ることができます。
また、嬉しいことに、普段は平均測光ですが、モードスイッチを押してシングルAFにセットすれば中央重点測光に切り替えることもできます。これをうまく使えば、TC-1のスポット測光ほどではありませんが、ある程度精密な露出の制御が可能です。TC-1の所でも触れましたが、一般に、フィルム写真では、全体平均を0とした場合に、上下に±3程度の明るさを記録することができます。ですから、中央重点測光を上手く使って各部分の明るさがその範囲内に収まるような露出を探り出し、そこで露出をロックすれば、出来上がる画像の明暗をあらかじめコントロールすることができるのです。
また、AF機構は、7ゾーン測距によるパッシブ方式マルチオートフォーカスで、最短撮影範囲は0.35m、さらに、薄暗いところでは補助光が自動的に照射されます。
ファインダーには大まかな合焦距離、シャッタースピード、露出補正等の情報が表示されます。アルバタ式のファインダーのためか、状況によってはそれらの情報が見にくいこともあります。しかし、薄暗い場所ではLEDによる照明がファインダー内情報の部分に点灯したので驚きました。
フィルムを装填して裏蓋を閉めると、予備巻き上げ方式によりフィルムが最後まで巻き取られていきます。これは、誤って裏蓋が空いたときに撮影済みのコマを守るためです。また、フィルムの途中で巻き戻しボタンを2回押すと、フィルムをベロだしの状態で巻き戻す事ができます。いわゆる隠しコマンドですね。
このカメラは携帯性にも優れています。サイズは、117mm X 61mm X 26.5mmと、デジカメと見間違うような大きさです。さらに、グリップ部だけ34mmの厚さがあり、これがこのカメラを大変に持ちやすくしています。
カメラの表面は、マグネシウム合金の上に、ガラスを溶かした塗料を焼き付けるという特殊な処理がなされています。そのため、触った感じはザラザラしていて、手に吸い付くような感覚があります。これが、写真を撮る道具としての存在感をさらに高めています。スーツ姿のビジネスマンが持ち歩いていてこれほど違和感の無いカメラを、他に見たことがありません。
唯一の問題点は、重さが178gもあることでしょう。しかし、一眼レフを超える描写力を持ち歩いていると思うと、むしろ通勤カバンが軽くなったような気がします。
重量 | 178g(デートなし) |
大きさ | 117mmx61mmx26.5mm |
レンズ |
GRレンズ 28mm 1:2.8 4群7枚 |
絞り | 7枚羽(F2.8-F22) |
ピント方式 |
パッシブマルチAF(距離35cm以上), 低輝度時AF補助光照射(220ステップ) |
露出制御 |
平均測光, 中央重点測光(シングルAFモード) |
シャッター |
2〜1/500秒, タイムモード |
ファインダー |
採光式逆ガリレオ方式, 低輝度時照明付 |
ストロボ | 内蔵固定方式 ガイドナンバー7 近接時ソフト発光 |
電池 | CR2 1個 |
フィルム送り | オートローディング(プレワインディング方式) |
メーカー | リコー |
発売日 | 1998年4月 |
発売価格 | 95,000円(デートなし) |
GRシリーズのGRは、「グレイト(Great)」のGと、「リコー(Ricoh)」のRを組み合わせものとされています。GRの名を冠した焦点距離28mmのモデルとしては、GR1, GR1s GR1vの3つが発売されました。その名の通り、どれもが写真を撮るための道具としての魅力に満ちています。
1996年に発売されたGR1には、3面マルチコートが施された4群7枚の高性能レンズが搭載され、すばらしい描写力でマニアをうならせました。このレンズは、ライカLマウント用として単体でも発売され、大好評を博しました。その後1998年に発売されたGR1s(及びGR1v)ではマルチコートが5面にまで拡大され、さらにヌケの良い描写力が実現されました。
GR1sでは、機能面でいくつかの改良が行われました。まず、GR1でみられたフィルムコマ送り間隔の不安定を解消するために、電源をオフにしたときにフィルムストッパーがフィルム室内に飛び出す機構が取り付けられました。これにより、GR1s以降はフィルムコマの間隔が安定しました。
また、レンズ先端部分にマウントが設けられ、フードやフィルタを取り付けることができるようになりました。加えて、軍艦部の情報パネルにバックライトが取り付けられて、夜でも見やすくなりました。
2001年には、機能をさらに改良したGR1vが発売されました。このときのもっとも大きな改良点は、マニュアル・フォーカス・モードの追加です。モード・ボタンを2回押し、3回目を長押しすると、SNAPモードの無限遠になり、さらにモード・ボタンを押すと、1mから5mまでのマニュアル・フォーカスを設定することができるのです。
さらに、絞りダイヤルをISO設定に会わせてモードボタンかセルフタイマーボタンを押すことで、マニュアルによるISO設定が可能になりました。いろいろな感度のフィルムをDXコードの無いパトローネに詰めて使うユーザにとっては、必須の機能です。
加えて、露出値を±0, +0.5, -0.5の値に変えて連続して3枚撮影するオート・ブラケッティング・モードも追加されています。フラッシュを止めて、セルフタイマーボタンを3回押すと、このモードに入ります。ラティチュードが狭いポジフィルムで露出の失敗を防ぐには、大変便利な機能です。
発売当時は高嶺の花であったGRシリーズも、最近では状態の良い中古が2万円程度で買えるようになりました。フィルムカメラファンにとってはまさにこの世の春です。自分も、最近になって新品に近い状態のGR1sを入手し、日々持ち歩いています。
GRレンズは、安定した発色、隅々までゆがみのない描写、画面全体に広がる高解像度、絵画のような豊かな階調表現など、どれをとっても一眼レフ用の高級レンズを超えているといえるでしょう。GRレンズは、ライバルのTC-1のG-ロッコールとたびたび比較されてきました。自分の場合は、1998年頃、散々悩んだ末にTC-1を買ったこともあり、ヌケの良い描写力の点でG-ロッコールに軍配を上げたいところです。しかし、周辺光量低下が少ない点では、GRレンズの方がむしろ優れているかもしれません。これくらいレベルの高い比較になると、これはもう「優劣」ではなく、「好み」の問題ですね。
カラーフィルムでは、しっとりした色合いとアンダー目の深い描写力を楽しむ事ができます。一方、モノクロフィルムでは、絞りを開けて撮影したときの立体感のある絵画的な階調に、思わずうっとりしてしまいます。さらに、明るいところで絞り込むと、今度はキリリとしたシャープな写真を堪能することができます。
使い始めた頃は、何でもよく写るので、あまり個性のない優等生レンズかと思っていました。しかし、夏と冬、晴天と暗がり、静物と人物など、状況を変えて使い込むほどに新しい発見がありました。今では、このレンズとの付き合いは思ったより長くなりそうだ、と感じています。