トイカメラのファンにはお馴染みの,トイカメラ入門機です.サイズは99 mm x 67 mm 33 mm,重さは75g と小型軽量です.このカメラは前から気になっていたのですが、実機に触れる機会がなかったので、購入をためらっていました.ところが、この春にある本屋さんに立ち寄ったら,このカメラの展示品が特価で売られていました.前面を本体に固定する部分が破損していたので,少し躊躇しました.しかし,本体構造を詳細にチェックした結果、シャッタ−の感触が良く,また,構造が改造に適しているように見えたので,購入することにしました.その後、カメラ量販店に完動品が1台だけ展示されているのを見つけました.店員さんに価格を聞いたら「672円にしときます」と言われたので、これもすぐに購入しました.
スペックをネットで調べたら,焦点距離は28mm,絞りはF9,シャッタースピードは1/125秒という記述を見つけました.しかし,分解して絞り穴の直径を調べたところ2.4mm程度でした.ということは,実際にはもう少し絞ってあることになります.また,重量の実測値は74gでした.
重量 | 76g (実測値 74g) |
大きさ | 99 mm x 67 mm 33 mm |
レンズ |
プラスチックレンズ 28mm |
絞り | F9固定(実測値 F11.6程度) |
焦点距離 |
不明 |
シャッター |
シャッター 速度:1/125(固定) |
発売価格 | 840円から2625円程度 |
実際に撮影してみると,中心部がくっきり,周辺部がぼんやり,という,トイカメラによく見られる魅力的な特徴が実感できます.周辺部のぼんやりした写りが,高級カメラで被写界深度をコントロールしたような結果に見えます.また,発色も適度です.人物を画面の中心に持ってくるスナップ写真だけなら,コンパクトカメラに負けない写りを楽しむことができるでしょう.
ただ,個体差かもしれませんが,周辺部の流れの程度が,四つの隅で異なるようです.画面の右上の画像の流れだけが特に大きいのです.また,ファインダーの画角が撮影レンズの画角よりも小さめなので,構図には苦労します.さらに,撮影中にフィルム送りが突然空回りしことがありました.これを回避するためには,フィルムを装填するときに,フィルムの穴をスプールの爪に引っ掛けながらスプールを一回り以上させて,フィルムがスプールを1周以上巻き取ったことをしっかりと確認してから蓋を閉めればよいでしょう.これらの作法を楽しむのも,トイカメラの魅力のひとつですね.
着せ替えカメラだからといって,写された人が着せ替わってしまう訳では有りません.本体の透明な前面部を外して,台紙を入れて外観を着せ替える,という趣旨です.しかし,カメラの構造を眺めているうちに,撮影レンズ自体を着せ替えることを思いつきました.たまたま,最高級使い捨てカメラの破損品が手元にありました.幸い,搭載されている2枚構成のレンズは,焦点距離が32mmでF値が5.6という超優れものです.さらに驚くべきことに,使い捨てカメラなのに,絞りをF5.6とF14に切り替えることができるメカが付いています.
このレンズに「着せ替え」ができたら最高です.このメーカーのレンズは,豊かな階調と優しい描写で有名です.それに加えて,絞りを切り替えるメカも一緒に移植できれば,撮影可能範囲は大幅に広がりそうです.日中の風景撮影なら,F14でキリリとした描写が期待できるでしょう.また,暗い場所なら,F5.6でソフトな作品作りを楽しむことができるかもしれません.考えるだけでわワクワクしてきます.
しかし,レンズの着せ替えは容易ではないことが予想されます.まず,焦点距離が異なるので,そのまま着せ替えると,レンズとフィルムの距離が近すぎてピントが無限大に張り付いてしまうでしょう.また,絞り値が大きい場合には光軸の微妙なズレが撮影結果に大きく影響します.したがって,高解像度の部分を中心にもってくるには,精緻な作業が予想されます.以下に,レンズ着せ替えの記録を載せます.
1. レンズ周りの改造
最初に,レンズ取り付け面を平らにする改造を行います.このカメラのレンズは,簡単に外すことができます.まず,カメラ本体の前面は,カメラ下部の爪を押すとすぐに外れます.次に,レンズをカメラ本体に固定している部品も,僅かに回すだけですぐに外れます.レンズは鏡胴の部分にのせてあるだけです.このレンズをそっと外して,安全な所にしまいます.
着せ替えるレンズは,焦点距離が32mmです.焦点距離の差は4mmなので,鏡胴のてっぺんに新しいレンズを載せた方が良いかもしれません.しかし,新しいレンズを固定している部品の厚さがあるため,鏡胴のてっぺんに載せるとレンズとフィルムの距離が大きくなりすぎるようにも思えます.そこで,鏡胴部分とレンズ固定部品を引っ掛ける上下の2つの爪をニッパとヤスリできれいにとってしまい,カメラ本体のレンズ取り付け面を完全な平面にしてから,レンズユニットを取り付けることにします.
取り付けるレンズのF値は5.6です.ということは,カメラ本体の絞り穴が現状では小さすぎることになります.そこで,下の写真のように,プラスのドライバーで絞り穴を大きくします.
この作業は,かなり込み入っています.まず,シャッターをチャージし,極小のマイナスドライバーでカメラ内部からシャッター板にさわった状態で,シャッターを切ります.すると,シャッター板が瞬間的に開いた後で,閉まるときにシャッター板がマイナスドライバーに引っかかった状態になります.そのマイナスドライバーの引っかかりを利用して,シャッター板をそっと開け,その隙間から大きなプラスドライバーをそっと入れます.そして,大きなプラスドライバーを根気よく回して,カメラ本体の絞り板を少しずつ大きくしていきます.
このとき,少し作業する毎に,削りカスをブラシやブローで丁寧に取り除く必要があります.この作業を怠ると,削りカスがシャッター板が通過する空間に詰まってしまい,シャッター板が作動しなくなってしまいます.また,削った所のバリがシャッター板の通過を遮ってしまい,やはり,シャッター板が作動しなくなることもあります.この場合は,目に見えない程小さなバリまで小型のマイナスドライバーでそっと取り除きながら作業を進めます.
大きなプラスドライバーが通過するくらいの大きさの穴を開けることができたら,シャッターをチャージしてから(つまり,スプロケットをフィルム1コマ分だけ回してから)シャッターを切るという作業を繰り返して,シャッター周りにトラブルがないかを何度も確認しておきます.
レンズ固定部品を外した所
プラスドライバーで絞り穴を少しずつ大きくする
プラスドライバーが絞り穴を貫通した所
2. 着せ替えレンズを用意する
次に,最高級使い捨てカメラから,「絞り切り替え機構付きレンズユニット」をニッパで切り出します.このサイトの別ページでも触れていますが,使い捨てカメラの分解には,生命に危険をもたらす程の高電圧の電流に感電する危険や特許侵害の恐れがあります.ですから,このサイトでは分解をお勧めすることはできません.
飛び散る破片に気をつけながらニッパでどんどん切り取っていくと,シャッター速度やフラッシュ光量をコントロールするメカニズムや,絞りの大きさを替えるメカニズムが少しずつ見えてきます.どれも,いろいろ趣味的な活用ができそうなものばかりです.しかし,ここでは,絞り切り替え機構付きレンズユニットだけを取り出します.
ニッパで切り出したユニットは,とても精巧なものでした.2枚構成のレンズのうち,フィルム側のレンズはレンズ機構全体をのせる板に載せられています.その上に絞り穴を変えるための薄い板が取り付けられています.この板は白い,船の操舵ハンドルのような部品を回すことでスイングし,バネの力でもとの位置に戻ります.あまりに精緻なメカなので,しばらくはその動きに見とれてしまいました.
着せ替えた後にこの絞り板を操作する方法について,あれこれ思案しました.そして.白い操舵ハンドルの出っ張り部分に針金をつけて,それをカメラの外まで出し,それを押し込んだり,引っ張りだしたりすることで,絞りを操作する方法を思いつきました.
そこで,白い操舵ハンドルの2つの飛び出している部分に,小さいクリップをのばして作った針金の先をしっかりと巻き付けました.針金の反対側には,パーマセルテープを巻き付けることで,操作しやすいように加工しておきます.また,カメラ前面の上部には,この針金が飛び出す部分に,カッターで切り込みを入れておきます.こうすることにより,カメラの上部に飛出した針金を押すとF5.6になり,離すとバネの力で板が戻りF14にすることが出来そうです.
しかし,残念なことに,針金は白い操舵ハンドルから簡単に外れてしまいます.そこで,半田ごてを暖め,その先端で,針金を巻き付けてある,操舵ハンドルの飛び出している部分の先端にそっと触れて,先端を熱変形させます.やりすぎると,とびした部分そのものが解けて大きく変形してしまい,全て失敗に終わります.うまく変形させると,多少の押し込みや引っぱりで針金が外れることはなくなります.ついでに,絞り板をスイングさせるときの軸になっている部分の先端も、やはり半田ごてで,熱変形を施しておきます.こうすると,スイング板が外れる可能性が小さくなります.下の写真は,切り出したレンズ部分の機構に針金をつけて,カメラ本体にのせてみたところです.矢印の2カ所が半田ごてで熱変形させた部分です.
次は,透明なカメラ前面部の加工です.レンズユニットにかなり厚みがあるので,そのまま取り付けると,カメラ前面が本体から浮いてしまいます.そこで,取り付ける前に,カメラ前面の裏側のレンズ機構が触る部分を根気よくカッターで削ります.少し削ったら,レンズ機構をのせた状態でカメラ前面がカメラ本体にしっかりと取り付けられるかどうかを確認します.駄目ならもう少し削ります.ちなみに,カメラ前面にある,レンズが飛び出す穴も,少し削って広げなければなりません.自分の場合は,削りすぎて,後で隙間に黒いモルトプレーンを詰めるはめになってしまいました.
カメラ前面を加工するついでに,ファインダーの視野も広げます.カメラ前面のファインダー枠をカッターで削り,視野を遮る枠を広げるのです.こうすることで,ファインダー視野をある程度広げることができます.
切り出したレンズ機構に針金をつけ,カメラ本体にのせた所.
レンズ機構部分の拡大写真.矢印の部分は熱変形を施してある.
3. レンズユニットの取り付け
さて,最大の難関である,レンズユニットの取り付けです.ここで,大きな問題が2つあります.ひとつは,フィルムからの距離をどうするかです.精巧な測定機器を使うのは面倒です.そこで,接着部分をはがしやすいゴム系の接着剤(コニシのG17など)を毎回少量だけ使いながら,試行錯誤でフィルムとの距離を調整してゆくことにします.
まず,レンズユニット自体に厚みがあるので,これで焦点距離の差を補えるかもしれないと考え,僅かのボンドでそのままつけて試写してみました.すると,案の定,ピントが無限遠になってしまいました.当然のことながら,近距離はボケボケです.
そこで,小型のマイナスドライバーでレンズユニット全体をそっと浮かして,小さく切った厚めのフィルムをカメラ本体とレンズ機構の間に挟んでから,再び僅かのボンドで固定しました.こうすることで,レンズ機構をフィルムから少し離して見たのです.だめならまたはがして,フィルムの切れ端をもう1枚挟みます.このような微調整と試写を2度ほど繰り返した結果,手前から遠景までピントのあった撮影結果を得ることが出来ました.
フィルムとの距離はレンズ機構の切り出し方や,挟んだフィルムの切れ端の厚さや,使用したボンドの量などによって微妙に異なります.そのため,自分の望む部分にピントをもってくるためには,何度も組み立てと試写を繰り返す必要があります.
さて,もう一つの大きな問題は,光軸を中心にもってくる方法です.レンズの中心をフィルムの中心にもってこないと,四隅に偏ったトンネル効果が出てしまいます.幸い,ゴム系のボンドは乾燥するまでに,接着部分を少しだけ動かすことができます.そこで,固定したら素早くカメラ前面をはめ(着せ替え機構がここで役立ちます),カメラ前面にある円形のせり出し(FOCUS FREE 28mm LENSと印刷されている環状の部分)と,新しく取り付けたレンズの枠までの距離を定規で測り,上下左右の距離が等しいかどうかを素早く確認します(自分の場合は,上下左右の距離が,すべて6.25mm程になりました).ずれている場合はボンドが乾く前に素早くずらします.その後,試写して,四隅のトンネル効果が均等になっているか,及び,解像度の高い部分が写真の中心にきているかを確認します.問題があれば,レンズユニットの接着部分を外して,光軸合わせに再度チャレンジです.
これらの試行錯誤は8回にも及びました.その過程で,レンズがすっかり汚れてしまいました.そこで,レンズを分解して水洗いしました.ところが,レンズを組み立てる途中で,フィルム側のレンズの向きがさっぱり分からなくなってしまい,正しい向きを見つけるのにかなり苦労するはめになりました.また,レンズ周りにボンドを使うので,気をつけないと,ボンドから揮発するガスや,納豆のようなボンドの糸で,レンズが曇ってしまう可能性があります.さらに,あらかじめ,カッターの扱いに慣れていないと,様々な削りだし作業に失敗したり,カッターの刃やプラスチックの破片などで怪我をしてしまう危険もあります.これらの作業には,最後まで,細心の注意を払いましょう.
4. 全体を組み立てる
全ての作業がうまくいったら,前面を取り付けます.このとき,遮光と見栄えのために,レンズ機構とカメラ本体の隙間にモルトプレーン(ヨドバシカメラで買いました)を詰めておきます.また,カメラ前面の,絞り板を動かす針金の触れるあたりや,針金の先端が飛び出す部分の周りにも,モルトプレーンをはっておきます.こうすることで,絞り板操作機構が撮影中に動いたり,振動で壊れたりすることを防ぎます.組み立てたら,絞りの操作を確認します.モルトプレーンをうまく貼ると,絞り板はある程度状態を保つようになります.針金を押し込むと,F5.6の状態が続きます.一方,針金を引っ張ると,F14の状態のままで,多少の振動で絞り板が動くことはありません.
5. 試写
試写の結果は,予想を超えたものでした.2枚構成のレンズによるF14の描写力は,階調が豊かで,それでいて,どんな情況でも優しい描写が崩れることがなく,実に魅力的です.コントラストがキツすぎないためか,長くつきあえる予感がします.このように落ち着いた描写力のレンズでお気に入りの風景を記録してゆくことは,しばらくの間,心地よい大人の楽しみになりそうな予感がします.
面白いことに,晴天時にF14で撮影するとトンネル効果が続出します.トンネル効果の程度が適度なため,とても雰囲気のよい仕上がりです.加えて,4隅の画像に時々流れが出現し,これも味のある描写につながっています.
一方,F5.6に絞りを開くと,ソフトで心穏やかな描写です.一見すると,ピントが合っている場所が見つからない,ふわっとした感じです.ピントは数メートルから数十メートルのどこかに合っているようです.しかし,近景も遠景もあまりボケずに写るので,夕暮れの街角スナップにはぴったりです.
以下に,同じ時間帯に同じ場所をF14とF5.6で続けて撮った写真を示します.F14ではすっかり露出アンダーになってしまいました.しかし,F5.6では,スキャナの自動露出の助けもあり,お寺の細かな様子が何とか判別できます.F5.6の時の露出値は12程度なので,ISO1600 を使えば,露出値を8くらいまで下げることができます.ということは,室内撮影もノーフラッシュで十分に対応できることになります.
F14で夕方のお寺を撮影
F5.6で同じ時間帯に同じ場所を撮影
苦労の結果,自分のメインカメラを一つ増やすことができました.しかし,改造の過程でカメラ前面部が傷だらけになり,なんだかガラクタみたいになってしまいました.そこで,スプレーラッカーで,前面部だけをマットブラックに塗ってみました.すると,黒色の「暗」と銀色の「明」が対比的で,うっとりするほどカッコいいカメラが出来上がりました.工作がしっかりしていないのでいつ壊れるかは分かりませんが,しばらくは,このガラクタが自分にとっての「宝物」になりそうです.
キセカエカメラ「暗&明」バージョン
・キセカエカメラ(レンズ着せ替えバージョン) 作品ギャラリ−1 2009.9.10